児童ポルノの単純所持の違法化

 
 アメリカから、日本も児童ポルノについて単純所持も違法化するよう要求があったとの記事が出ています。


1.日本の現行法


 現在、日本には「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」(「児童ポルノ禁止法」)という法律があります。この法律によると、「児童ポルノ」とは、写真、ビデオテープその他のものであって、次のどれかに当たるものを言います。
a 児童を相手方とする又は児童による性交又は性交類似行為に係る児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写したもの
b 他人が児童の性器等を触る行為又は児童が他人の性器等を触る行為に係る児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するものを視覚により認識することができる方法により描写したもの
c 衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するものを視覚により認識することができる方法により描写したもの


 そして、処罰される行為は、
a 児童ポルノの頒布、販売、業としての貸与、又は公然陳列
b aの目的で、児童ポルノを製造、所持、運搬、日本に輸入、又は日本から輸出
c 日本人に限り、aの目的で、児童ポルノを外国に輸入、又は外国から輸出
ということになっています。


 このように、現行法では、処罰の対象は、頒布、販売、業としての貸与又は公然陳列のうちのいずれかの目的がなければならないとされていますので、個人で楽しむために持っている人は処罰されないことになっています。今回の米国の要請は、この部分の穴を塞ぐべきだという要請と考えられます。


2.児童ポルノ禁止法と裁判所の考え方


 米国の議論は、簡単に言うと、販売する者が違法なのにこれを買った者が違法にならないというのはおかしい、というものです。この主張は妥当なものでしょうか。


 これを検討するには、日本の児童ポルノ禁止法がどういう考えのもと単純所持の買主を罰していないかを考える必要があります。


 売る人と買う人、あげる人と受け取る人等の双方がいて初めて犯罪になる犯罪を「対向犯」といいます。対向犯には、a.双方とも処罰され、双方に対して同じ法定刑が科されるもの、b.双方とも処罰されるものの、一方の刑罰がもう一方の刑罰に比べて軽い(又は重い)もの、c.一方だけ処罰されるもの、の3種類があります。a.の典型例は、例えば重婚罪が、b.については贈賄罪と収賄罪が(収賄罪の方が重い)、c.の例としてわいせつ物頒布罪が挙げられます。今までの説明から分かるとおり、児童ポルノについての罪は、日本では現在c.に当たります。


 なぜ児童ポルノについて、売る人だけが処罰されて買う人は処罰されないのでしょうか。


 売る人だけが処罰されるのは不公平で憲法の平等原則に反するという主張に対して、日本の裁判例は、売る人と買う人では、売る人の方が違法性が強いのに対して買う人の違法性は犯罪で罰するほどのものではないから、平等原則には反しないと考えています(大阪高裁平成18年9月21日の判決や、福岡高裁那覇支部の平成17年3月1日の判決は、こういう考えをとってます)。


 日本の裁判例は、平等原則について、不平等な取扱いは原則してはいけないが、合理的な理由があればそのような取扱いも認められる、と考えていますから、児童ポルノを売る人と買う人では違法性の度合いが違うはずだ、という児童ポルノ禁止法の建前を合理的なものとして是認したということになります。

 
3.日本の立法の妥当性


 売る人と買う人を区別して売る人だけを罰するという建前は、刑法上のわいせつ物頒布罪等には妥当するけれども児童ポルノ禁止法には妥当しない、という考えもありうるように思います。


 先ほど対向犯のところで説明したように、日本の刑法には、わいせつ物頒布罪という罪があります。これは、わいせつ物を頒布したり、頒布の目的で所持したりする行為を罰するものです。わいせつ物頒布罪が罰せられるのは、このようなわいせつ物が世の中に流布すると、社会の善良な風俗が害されるから、これを防止するためだと言われています。先ほど説明したように、これは単純所持は罰せられません。


 わいせつ物頒布罪について、売る人が処罰されて買う人が処罰されないのも、児童ポルノ禁止法と同じように、売る人の違法性は高いのに対して買う人はそれほどでもない、というのが理由になっています。この場合、何が「違法」なのかというと、社会の善良な風俗を害すること、なのですから、世の中にわいせつなものをばら撒くのは違法だけれども、自分でこっそり楽しむだけなら世の中に迷惑をかけないから違法じゃない、という判断は、比較的しっくりきます。


 これに対して、児童ポルノ禁止法はどうでしょうか。この法律は、その第1条で以下のように言っています。

「この法律は、児童に対する性的搾取及び性的虐待が児童の権利を著しく侵害することの重大性にかんがみ、児童買春、児童ポルノに係る行為等を処罰するとともに、これらの行為等により心身に有害な影響を受けた児童の保護のための措置等を定めることにより、児童の権利の擁護に資することを目的とする。」


 つまり、この法律は、社会の善良な風俗を守ろうという法律ではなく、児童ポルノの被写体になった児童の権利を守ろうという法律なのですね。


 児童に対する性的搾取や性的虐待という害悪にとって、売る人と買う人というのは、裁判所の言うように、また児童ポルノ禁止法が暗黙の前提とするように、違法性の度合いが違うものなのでしょうか。買う人がいるから売る人がいるわけで、児童の人権を守るという見方からすると、なんだかどっちも悪いような気もしてきます。売るつもりの人の方が、児童を食い物にしている度合いが高いと思うので「同罪」とまでは言いませんが、買主も片棒を担いでいるのは確かで、これは処罰に値する程度のことだ、という判断も十分にありうるように思います。


 裁判所は、その権限上、買主が罰せられないという法律は合理的ですか、という問いに対して答えることしかできません。罰せられない、というのは、買主の違法性の程度をどの程度と見るか、という話で、これは要するに「決め」の問題です。なので、国会が買主の違法性は犯罪とするほどのものじゃないですね、という「決め」に対しては、裁判所が国民の民意を反映している国会の判断を尊重することは、ある意味当然のことだと思います。


 これに対して、立法府としては、民意の動向を見た上で、単純所持についてその違法化に踏み切ることも、十分な合理性があるように思います。