アルテミスブルー 桂馬の物語
(注)アルテミスブルーの感想を連載しています。感想のスタンスについては「アルテミスブルー感想その1」を、「ハルの物語その1」はこちらを、「ハルの物語その2」はこちらをそれぞれご参照ください。
エドワーズ基地篇は、サラ・ラヴェルと桂馬の関係を読者に提示し、桂馬が過去に負った傷の正体を明らかにする。
ダラス200万市民を巻き添えにした航空機事故のパイロットである父親を持つ桂馬にとって、アルテミスの女神に挑むこと、空を飛ぶことだけが自分が存在を許される所以であると信じて疑わなかった。
俺は―俺たちは―人類は、
訊ねなければならない。
この大空の支配者、アルテミスに訊ねなければならない。
なぜ人類にこんな仕打ちをしたのか―を。
なぜ2000万もの人間が
死ななければならなかったのか―その理由を。
人類は―俺たちは―俺は、
その答えを天空の女神アルテミスから
受けなければならないのだ。
そのためのイカロス。
そのために俺は今ここにいるのだ。
自己の存在理由、それはなぜ人類がこんなふざけた空の下に押し込められなければならないのか、これを問うことだけにあると、桂馬自身信じて疑わなかった。そんな自分でも、人を愛することができる、人に必要とされることができる、人を必要とすることができる、それを教えてくれたのがサラだった。
そんなサラから、最愛の兄であり桂馬のパートナーでもあるダニエルを守って欲しいと懇願され、その約束を守ることができなかった桂馬の無力感は、相当のものだったはずだ。しかも、そうしたどん底から桂馬を唯一救うことができたのは、心から愛するサラからの赦しのみだった。しかし、サラは桂馬に赦しを与えることなく故郷のレンスターに帰ってしまう。堅く閉ざされた心を開かせてくれたサラからこうした仕打ちを受けた桂馬の絶望、心の傷は想像するに余りある。
そして桂馬を心から愛する亜希子が親友であるサラの仕打ちによって受けた傷もまた、桂馬のうけた傷と同一のものであったはずである。
桂馬がハルに背中を向けて言った、「…人間は、自分を必要としてくれている人のために生きるべきだ。…人に必要とされていながら…人に期待されていながら…それに応えられなかった人間は惨めなものだ…」という、ハルを建夫のもとに送り出す言葉は、こんな過去を背負った桂馬の言葉だからこそ、読者の心に突き刺さる。
エドワーズ基地篇、さらに言えば桂馬をめぐるサブテーマをファンディスクにもってこられなかった理由、そしてハルのサン・アントニオ行きの話の前に持ってこなければならなかった理由は、ここにある。
桂馬が、本当は江戸湾ズに残りたいと言って泣く娘・アリソンに語るこの言葉も、桂馬の深い自責の念に裏打ちされた言葉として、我々の胸を打つ。
桂馬 「いいかアリソン。
人は自分が大切と思う誰かのために生きるべきだ。
…自分のために生きるなんていうのは、
誰からも必要とされていない人間の負け惜しみだ。」
ではサラはそんなに薄情で悪いな女だったのか。亜希子が罵倒するように、桂馬を裏切って平気でいられるような、そんなつまらない女だったのか。
答えはノーである。
第一、サラがそんなつまらない女であれば、真の男である桂馬をしてI Need Youとまで言わしめるに至るはずがない。サラは、最愛の兄の死に直面して、桂馬との愛よりも兄に対する愛情を優先したのだ。最愛の兄のパートナーである桂馬との愛を平然と貫けるほど、桂馬に赦しを与えられるほどサラは大人ではなかったというだけのことだ。
これは建夫が宇宙から地球を臨んで自らの本心を知り、ハルを諦めたのと似ている。サラにとって何より大事なのは兄であるダニエル・ラヴェルだった、ということに、事故によって初めて気がついてしまったのだ。
だからこそサラは、ダニエルに代わって彼の思いを遂げるべく、ダイダロス計画に邁進する。これは、ダイダロス01が高度100kmの壁を突破したときのサラの独白に端的に現れている。
サラ 「やった。
やったわ、ダニエル。
…わたしはついに、再び人間を宇宙に送り込んだ。
…ついにわたしは宇宙に辿り着いたわ。
…あなたが目指して、
今一歩のところで手の届かなかった場所に、
わたしはついに辿り着いた…
ダニエル…兄さん…
見ていてくれた?
…わたしはついに宇宙に辿り着いたのよ。」
こうしてみると、サラの兄・ダニエルへの切ないまでに純粋な愛情が我々読者の胸を強く打つ。サラもまた、自分が一番大切なもののために自分の身の全てを捧げる、その意味では亜希子がもつ気高さと異ならない強い精神の持ち主なのだ。
ダイダロス01による高度100kmの壁の突破は、かつて同じ目標に向かって邁進していたイカロス計画参加者の面々に複雑な思いを抱かせたことは想像に難くない。しかもそのダイダロス01には、自分よりも10以上も若い、自分たちの大切な仲間であるハルの婚約者が搭乗しているとなるとなおさらである。
こうした中、イカロス計画の中止後リドレーが買い取って秘密の作業場に安置されているイカロス13の前で、桂馬とリドレーとの間で交わされるやりとりは、かつて桂馬が失意のハルにかけた言葉とあいまって、読者の心に強く響く。
桂馬 「俺も、そしてコイツも、もう時代遅れさ。
…人類初のスペースエレベータが完成し、
星野が宇宙に到達した今、時代は俺とコイツを完全に追い越していった。」
リドレー「そうかもしれないな。
―だが、君もコイツも消滅したわけじゃない。
腐ったわけでも、錆びついたわけでも、まして死んだわけでもない。
事実として、君とイカロスはここに存在している。
その手には力がこもる。その足には力がはいる。
そしてその心臓には熱い血が流れている。」
リドレー「名誉も賞賛も、まして時代の流れなんて関係ない。
ただそこに命を懸けるに値する『何か』があるから、
挑み、立ち向かうんだ。
それが『真の兄弟』、『真のパイロット達』だ。」
リドレー「こいつはあの日以来ずっと、
再び『アルテミス・ブルー』に挑戦する日を待ち続けている。
再び女神と一騎打ちを演じる機会を待ち続けている。
リドレー「僕はあの日以来ずっとコイツの整備と改良を続けてきた。
コイツはいつでも飛べる。
今すぐにでも飛べる。
音速を遥かに超える速度で、90度の垂直上昇で、
遙か宇宙を目指せる。」
リドレー「僕はまだ白旗を揚げたわけじゃない。
一度はダウンを奪われたけど、
まだノックアウトされたわけじゃない。
僕の挑戦はまだ続いている。
たとえ時代が僕を追い越して行こうと、
そんなことは関係ない。
そこに飛行機が飛べない「ふざけた空」がある限り、
僕の挑戦は終わらない。」
リドレー「…桂馬、背中に十字架を背負っているのは、君だけじゃないんだぜ。」
桂馬 「…勝負はまだこれから、か。」
リドレー「ああ、そのとおりだ。」
亜希子からの厳しくも真摯な叱咤と、ダイダロス01の宇宙到達、そしてリドレーの言葉がきっかけになり、桂馬は再びアルテミスの女神と一騎打ちする覚悟を決める。
30%のリスクを乗り越えぐんぐんと上昇を続けるイカロス。己の全てを賭けて、人類に対する不可解な仕打ちをしたアルテミスの女神にその理由を問う戦いを挑む桂馬。
やがて彼は100kmの壁を超えて宇宙に到達する。そしてその理不尽な仕打ちへの赦しを与えるとともに、アルテミスの女神からの赦しを請う。ここに桂馬の挑戦が終わり、自分を本当に必要としてくれ続けていた亜希子のもとに還っていく。
ハルのメインストーリーが少女が大人の女性になる過程の成長譚を通じて、女はいかに生きるべきかを示すものであるとすると、桂馬のサブストーリーは、挫折し傷ついた大人の男の復活譚を通じて、男はいかに生きるべきかを示すものであると言ってよい。
それは、英国の不世出の文学者、サミュエル・ジョンソンが喝破した通り、実りある人生をおくるために、我々がまず学ばなければならない事柄だ。
そしてハルと桂馬がストーリーが提示する「人はいかに生きるか」の問いに対する回答は、きれいにぴたりと重なり合う。
「自分があるべき居場所で、自分が一番大切にするもののために、熱い心を持って、常に一瞬一瞬を全力で生きる。それこそ格好いい生き方であり、人生の浪漫に他ならない。」
映画と同様、ノベルゲームも心の潤いをもたらしうるものだということを、シナリオライターの井上啓二氏は本作を通じて示すことに成功したと言える。